「記述」としての建築・都市

CASE 02   東海大学吉松秀樹研究室(新建築0102)

Design Reseach (デザイン研究)

 

研究室ができて3年目。昨年最初の卒業生を出したばかりである。とはいうものの、既にいくつかの試みを始めている。その一つが「デザイン研究」と呼んでいるものである。これは事務所で行っていたAラボ(私的研究室)や大阪のインターメディウム研究所などで始めたもので、研究としての素地はもたないものの設計者にとって興味ある概念を考える、つまり設計のコンセプトやモチベーションを考えることを指している言葉である。

 

Language & Notation (言語と記述)

 

研究室に所属する学生は、春セメスターにグループワークとしてデザイン研究を行い、そのアイデアを持って卒業設計へと進む。研究のサーベイやデータ集めに相当する作業を前半に行うわけである。この作業は研究と設計の中間的なプレゼンテーションとなることが多く、そのベースとなる概念に「記述(ノーテーション)」を置いている。

これまでも「設計」とは「建築的言語」であると考え、言語教育としての設計教育を実践してきた。高度情報社会を迎え、全ての事柄を「情報」であると捉える理解が増えているが、同時に全ての結果は「記述」であるとも考られる。アクチュアルな建築もヴァーチャルな建築もフェイズの異なる記述であると考えると、記述能力を高めることは全ての設計者にとって重要なファクターであるといえるだろう。メディアが異なっていても一定のプロセスを経て行われた記述は「設計」とみなすことができるのではないかと思っている。

Intermediate Style (中間文体)

 

研究生全員とeメールで連絡をとっている。いろんな相談や画像がeメールとともにやってくる。遠く離れた学生とやりとりをするのは慣れると楽しい共同作業である。エスキスの結果がデータとして残っていくのも良い。実際に顔を会わすことも勿論重要だが、それに勝るとも劣らない魅力がeメールにはある。書き言葉と話し言葉の中間であるeメールの文体が、デザイン研究のエスキスにはフィットするからだ。堅くもなく柔らかくもない文章の積み重ねは、設計にありがちな曖昧さを程良く排除し、学生達の思考訓練としても文章の訓練としても役立っている。 年々学生達は文章を書かなくなり、そしてあろうことか最近は図面も描かない。コンピューターの普及によってコンセプト図がいとも簡単に描けるようになり、それで満足してしまう傾向が見られる。図面を描けることは現時点において確かに重要なファクターであるが、どうもそれを鵜呑みにできない現実があるようだ。平面図や立面図が絶対的な記述方法であると考えるのは、建築家の将来像と一致しないように思うのである。だからこそ研究室では、正確な「記述」に正面から立ち向かっていきたいと考えている。

 

Graduation Notation (卒業記述)

 

デザイン研究のテーマの多くはいくつかに集約できる。人気のあるのが、情報空間や音空間に代表される形をもたないものに対する興味である。最近ではインターフェイスに興味をもつ学生も多い。私個人の興味を強いることは今のところない。学生達の興味を集約する段階で十分反映できると考えているからであり、そうでなくては事務所の活動と違わなくなってしまうからでもある。自分も含め、学生達が形のないテーマを選びたがる気持ちは理解できる。建築家の作品志向に対して違和感を感じる学生が増えているからかもしれないし、ただデザインのみで評価してほしくないとする欲望の表れでもあるのだろう。だからこそ形のないものを記述する作業は意味があり、私自身も彼らの記述を見てみたい気がするのである。卒業設計も「記述」として行われた作品がいくつか出されている。今回は「集約能力を持つ異質体」(狩野朋子・中坪多恵子)、「中間領域体」(後藤壮大)、「都市寄生情報体」(平澤暢)の3作品を紹介している。全てが「〜体」であるのは、最初から意図していたわけではない。(私の行っていたモデリングメソッドも「連続体」である)だが、数学的に一体とみなすことが「体(ボディ)」であるとすると、このネーミングは私達の「記述」に相応しいのではと考えている。彼らが行った作業は、データや思考をもとにそれらを建築的言語を用いてモデル化する作業である。スケールを用いてモデル制作を行っているが、概念的にはスケールが飛んでいる部分もあり、デジタルなスケール感を持った新しい記述に仕上がっているように見える。これらは今までの卒業設計の枠組みからずれているかもしれないが、結果として学内外で優れた評価を受けることができた。時代の評価軸は明らかに移り変わってきているのだろう。

 

こういった研究室での活動が、ほんの少しでも現在の建築の枠組みを揺さぶることができれば、大学の使命を果たせるのではないかと考えている。研究室から他大学や海外へ進む学生も多い。世界中にネットワークが拡がっていけばうれしい。(よしまつひでき)